mile:5  「地下室」 Underground Chamber 






 そこは、柾章の想像よりは湿っていなかった。
 石造りの廊下の壁には小さいランプが足下を見失わない程度の等間隔に並べられ、不安そうな佑一の表情を照らし出している。 しかも、こういうシチュエーションでは“お約束”の、小動物の骨やら毛むくじゃらの多足類やら石の隙間に生えた雑草やらは 全くと言って良い程見当たらないし、かといって、よく映画などで見る“地下組織”らしい謎の配管や機械の部品等も見られない。
 学校の地下にあるのだから当然といえば当然なのだが、今ひとつピンと来ない。
 だからだろうか、余計に気味が悪く感じて仕方がないのは、恐らく柾章だけではないだろう。

「もーすぐだからー」

 ひかるの声が四人分の足音に重なって響き、消える。
 無言では気持ち悪いと思ったのか、佑一がひかる達に彼らしいおずおずとした口ぶりで前方に問い掛ける。

「あの……この先ってどうなってるんですか?」
「この先も何も、部室だけど」
「部室なんですか?」
「そりゃ、地下組織なんだから部室があって当然でしょ」

 “地下組織だから”などとさも当然そうに言われても釈然としないが、ふと柾章は理解した。

「ああ、アジトっスね」

 柾章の一言に、ひかるの声色が心外とでも言わんばかりに変化する。

「アジトって言うと聞こえ悪いから、あたし達は“地下室”って呼んでる」
「……何か、まんまっスね」
「部長曰く、“シンプル・イズ・ベスト”らしい」
「“部長”……?」

 小首を傾げた佑一に軽く頷いてその存在を肯定すると、ひかるは目前を指差した。

「そこ入口ね」

 そこに在ったのは、壁に溶け込みそうな石造りの扉だ。缶の側面のように、こちらに向かって僅かに反っている。
 丸い窓が取り付けられているが、どう覗いても中は真っ暗で、何も見えない。

「吉田、引っ張ってみなヨ」

 巴に言われるままに、柾章は、細工の施された取っ手を引く。見かけより遥かに軽い扉だったので、殆ど力を入れなくても難なく開いた。
 暗い廊下を抜けてきた後には十分眩しかったが、やがて明るさに慣れてきた目に映ってきた光景に、佑一は息を呑み、柾章も歩を止めた。

 そこは円形の部屋で、ドーム型の天井はまさにプラネタリウムだった。今にも降ってきそうな位に大小の星々がひしめき合い、 明滅する光の糸で繋がれた星座の中には、柾章や佑一も知らないものが多くあることだろう。 一際大きく描かれた北極星らしき六芒星の下、部屋の中央に置かれたアンティーク調の円卓の上では、人間の頭より遥かに大きな水晶球が金の三脚の上に鎮座している。 円卓を取り囲んでいるのは、曲がった壁に沿って並べられたソファで、見た目にも柔らかそうだ。
 だが、見慣れない内装にも拘らず真っ先に柾章たちの目に付いたのは、そのどれでもない、ソファの上の人影だった。

 十人ほどの高校生だった。
 校章を見る限りではどの学年もいるようで、ある者は興味あり気に、またある者は観察するような眼で柾章たちを観返している。
 柾章たちが黙っていると、ひかるが、柾章たちの背中の後ろから報告をする。

「部長ー、連れて来ました。吉田柾章と桜庭佑一ですー」

 反応したのは、部屋の最奥に座している女子生徒だった。
 短いスカートの下にはパッションブルーとしか言いようが無い鮮やかな青の膝丈ジャージを穿()き、 第二ボタン辺りまで開かれたワイシャツの中にはこれまた原色のTシャツが覗いている。 大胆に開脚してソファに座している部長と思しき三年生は、ひかる、巴、そして柾章たちを順に視回すと、昂然と頷いて後輩をねぎらった。

「おう、ご苦労さん。これで新入生にツラ見せ出来んな……ってなワケで、 オレが部長の菊大路倫奈(きくおおじ り な )だ。 “菊大路先輩”なーんて呼ぶと長えからよ、適当に“部長”って呼んでくれや」
「……はぁ」「えっ……と、よろしくおねがいします?」

 取り敢えずは失礼にならないように、柾章も佑一もぺこりと礼をしたものの、やはり未だに状況が飲み込めていないがゆえ、 佑一の挨拶はどうしても語尾が上がってしまっていた。が、倫奈の方はというとそんな様子には頓着せずに、 新入部員たちにソファを叩いて薦めた。

「おら、とりあえずよ、座れ。今ここにいる部員全部を一気に覚えろとは言わねえけどよ、せめて同学年と、 そこのひかると巴ぐらいは憶えてけよ。何かと便利だろ」
「ありがとうございます。で、あの、ひかるって呼ばれてる先輩に訊きたいんですけど、なんていう名前なんですか?」

 佑一は礼を言うと、ひかるに尋ねた。
 いつの間にか着席したひかるは、あぁ、と思い出したように漏らすと、

「本名は纐纈(はなぶさ)ひかる。コウケツ染めと同じ字ね。漢字で書けるようになってくれるとかなり嬉しい、ってか書けるようになりやがれ☆」

 満面の笑みで親指をビッと突き上げたひかるに柾章も佑一も黙りこくる。
 やたら無機質な沈黙が流れ、流石に柾章もどうしたものかと案じ始めてきた、丁度その時。
 倫奈が小気味良い音で諸手を叩き、注目を集めた。

「おうっし! んじゃ、入りたてホヤホヤのてめえらにオリエンテーリングを始め――」
「オリエンテーションよ」
「っせえな、いいから始めっぞ……まずだな、この部活はお遊びじゃねえからな。これだけは最初に言っとく」

 柾章顔負けの反射神経で投じられた誰かからのツッコミに殆ど勢いを止められる事も無く、 倫奈は説得力の有無が非常に微妙な警告を突き付けた。
 先程の、怪物とも言える異形の物供を見た限りでは、それらはどうも巴やひかるよりも寧ろ柾章たちを狙って奇襲して来たように見える。 確かにあの場で柾章は行動が取れなかったし、佑一に至っては気絶しても不思議ではなかったから、 仮にあの襲撃者たちが“何か”を目当てにしているならば、それは当然といえば当然であった。
 だが、何故だ?  否、何が(・・)あの禍々しい異形を惹き付けたのだ?  そもそも、自分には、一体何が――?
 柾章が止め()無く押し寄せる疑問の洪水に溺れかけているのを覚ってか否か、 倫奈は救済の戦艦を寄越して来た。

「いいか、よく聴け。オレ達はな、全員“十三の封印”が施された“同士”なんだ……っとココまでは巴が言ってたな。じゃあその先だ。 “十三の封印”ってえのはな、こことは別の世界にいた魔術師が創りやがった、一種の――兵器だ」

 倫奈は一度科白を切った。その瞳は豹のように柾章たちの顔を見据え、視線を逸れさせる隙を作らない。

「童話だか何だかのよ、ババアが杖振ってシャラシャラ〜みてえなモンじゃねえからな。 オレも最初は信じちゃなかったが、アレは笑って済むシロモノじゃあねえ。ついでに言うとだな、アレを創ったのはこの世界の人間ですら無え。
ココとは違う世界に元はいやがった、ソフィア・レミントンってヤツが、あの“十三の封印”を創りやがった」
「…………異世界の魔術師が何かの目的で、その“十三の封印”を創った、って事っスか?」

 可能な限り冷静に思考しつつ、柾章は問うた。
 異世界に魔術師――傍から見れば全くの笑い話だが、夢でもない限り、この話は嘘ではないだろう。 中途半端に踵を踏み潰した上履きで思いきりもう片方の足を衝いたところ、痛覚は非情なほど精確に大脳に届けられた。 対して倫奈は、反射で歪んだ柾章の唇を目ざとくも見つけると、呵呵(カカ)、と笑った。

「まーだカンペキには信じらんねえか。まあとりあえず聞いとけ。 それでだな、さっきてめえらを狙ってきたヤツら――あの化けモンはてめえらに適応するはずだった封印の力をパクろうとしてやがる。 放っときゃあオレ達はヤツらに喰われる、だからオレ達は喰われねえようにヤツらを倒す、ってなワケだ。大体オッケーか?」
「……はい……けど、あの怪物っぽいのはどこから出てきたんですか? 封印とセットとかじゃ、ないですよね?」
「おうよ。アレはだな――」

 瞬間、警鐘が佑一、そして倫奈の声を遮った。
 続いて、先ほど倫奈にツッコミを入れた三年生――銀縁細眼鏡ときっちりまとめられた髪がいかにも成績優秀そうな女子生徒――が、緊張した面持ちで水晶球を覗き込みつつも、アナウンサー以上の明晰さで部員たちに告げた。

「本館校舎一階に喰魔(オーガ)反応あり……同時に、付近にNo.6も存在」

 聞き慣れない単語に柾章と佑一が眼を見合わせた時には、倫奈は既に地下室のドアを蹴り開け、勢いよく廊下へと早足の大股で進んでいる。 が、数秒して、廊下の先の階段の前で立ち止まると、

「てめえら、なぁに突っ立ってんだよ! てめえらの最初の“仕事”だ。ついてこい!」

 呆気にとられて立ち尽くしている柾章と佑一に一喝し、それきり、階段を上がって行ってしまった。

 柾章と佑一は再び眼を見合わせたが、何かを互いに確かめ合うようにして頷き――どうしてなのかは、自分達でも判らなかったが――無機質な廊下から魔の現れた放課後の校舎へと、駆け出していった。






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