柾章は、砂塵の舞うぽっかりと開いた壁の大穴を見遣りつつ、衝撃によって力を失った佑一を庇う。

「おい、佑君、佑君? 大丈夫か?!」

 ダメージを加えない程度に肩を揺すって確認するが、佑一は小さく喘いで「あんまり」としか答えず、 とても“大丈夫”そうには感じられない。 加えて、何やら黒い影のようなものが例の穴の奥にあるらしく、 暗闇から赤いぎらぎらとした光を此方に向ける二つの眼らしきものは、まさに猛獣、いや怪物のそれだ。

標的(ターゲット)は、俺達か――)

「冗談じゃねぇ……!」

 ふと思った事が、口を()いて出た。






mile:4  「非現実的な現実」 Unrealistic Reality 






「ウン、全く冗談じゃないネ。これは本物だヨ」

 大真面目なのか否か、頷きつつ呼応する巴はいつの間にか柾章の隣で頷き、 呑み込みたくもない現実から逸らそうとした彼の思考を強制的に繋ぎ留める。

「マジっスか?! ……って小笹先輩、何してるんスか?! あっちの人援助しなくて良いんですか?!」

 持ち前の根性で柾章が突っ込んだのも無理はない。 何か知っているに違いない巴のとっている行動は、高一二人の傍らで佇立している、ただ其のみだからだ。
 不可解だったが、巴はふふん、と笑うだけだ。

「まさか。あんなザコ相手でひかるにそんな心配は要らないヨ」

 その言葉を聞いていたかのように、ひかると呼ばれた高二は絶妙の角度で鞭を撓らせ、“怪物”を言葉通り殴り倒す。 再び砂埃を上げて地に伏したかと思うと、“それ”は粉々に砕け、最後には蒸発した。
 両手の鞭を何処かへと片付け、“ひかる”は制服に着いた埃を払い落とした。

「おうっし、“排除”終了!」

 そう宣言し、未だに虚ろな眼をしている佑一を顔ごと覗き込んで、ひかるは言った。

「あちゃー、完璧あてられてるね。そろそろ、“本部”へ行くか? うん?」













 軽い佑一を背負った柾章と、巴とひかるは、薄暗い一階の廊下を歩いている。 普段は生徒や教師で混みあう本館も、放課後になって時間が経つと人気が少なくなってくる。

「で、そろそろ教えてくださいよ。一体何なんスか? アンタ達の事も、さっきのやつも」

 柾章が不満たらたらで問い掛けた。
 正体不明の“地下組織”とやらに勧誘された上に怪物めいたものの襲撃まで受けているのだ。 釈明を求めるのが自然な反応である。 対して巴は、待ってましたと言わんばかりにやや踏ん反り返り、逆効果としか思えないほど厳かな声色で、

「あたし達は、“六芒部”。吉田と桜庭で“封印”が十三人、全員揃うんだヨ」
「ロクボウブ?」
「六芒星って聞いたことない? あの『六芒』と部活の『部』で、六芒部」
「ああ、なるほど」
「そう。で、それがあたし達地下組織の名前ね……って、もしかして自己紹介してなかった?」

 ひかるは結った髪を弄いながら訊いた。柾章は無言で首を縦に振った。

「やー悪い悪い。“同士”だもんな、一応」
「何なんスかその“同士”とかって?」
「あたし達と同じ、魔力を持ってる人間の事」

「……なんか御伽話みたいっス」

 脱力してずり落ちかけた佑一を何とか背負い直した柾章の率直な呟きに、ひかるも強く頷く。 真面目なのかどうかは定かでないが、腕まで組みだして同情するかのような仕草を見せている。

「あたし達だって最初はそう思ったさ。あたし達も最初先輩にそう言われて、マジビビったし。 で、地下室行って、さっきみたいな鞭が出せるようになって……」

 そこまで言って、急に彼女は口を(つぐ)んだ。
 後ろを振り返ったかと思うと、何の変哲もない廊下の柱を勢いよく蹴る。
 何事かと柾章が見ていると、柱は急に盛り上がり、あたかも勝手に動き出した彫像のように人の形を成していく。 やがてそれは全身に柱の垢抜けない色を残しながらも柱から分かれ、完全に人間の姿となった。

 そこに立っていたのは、男子生徒だった。
 校章は濃緑――高二だ。百七十センチ位だろうか、背は柾章より高い。 佑一をそのまま縦に引き伸ばしたらこうなるかもしれない、と柾章は思った。いわゆる『ガリ』ではないが細身である。 更に柾章は彼を、「これは女子の尻に敷かれるタイプだ」と勝手に分析した――柾章自身もそちらの部類に入るのだが。

「……何やってんのさ」
「え? 暇つぶし」

 ひかるの問いに、彼はシンプルに答えた。

「暇つぶしって……そんな時間かかってた?」
「いや、そんなには」

 じゃあ何で、と白い眼でひかるに訊かれ、僅かに声のトーンを落とし、柾章にもぎりぎり聞こえる位で彼は言った。

「ただ、“奴ら”を撒こうと思って……まだ追ってきてる」
「まだいるってか」

 ひかるの言葉を肯定すると、彼は軽く挨拶して柾章達とは反対の方向に早足で去っていった。
 彼を見送って一行は歩き出したが、確かに彼が去った後は、先程までうっすら残っていた何物かの気配が消えていた。 薄暗い廊下も、さっきまでよりは大分雰囲気がましになったと柾章は感じた。
 しかし、ひかるや巴の言葉が本当なら、こういった感触を味わえている時点で既に何らかの変化が柾章に生じていることになる。 後戻りできないのか、と柾章が悔やんだのは言うまでもない――彼としては、 赤点を免れて何とかそこらの大学に合格するほどに勉学に励む高校生活を目標にしていたのだから。

 と、佑一が柾章の肩を小さく叩いた。

「もう大丈夫。降ろして」
「無理すんなよ」
「うん。平気。ありがと」

 確かに先程までよりいくらか元気そうな佑一を降ろすと、巴たちはある場所で足を止めた。
 そこは、若干狭い空き教室だった。
 曇りガラスの付いたドアをガラガラと開け、彼女らは中へ入っていった。柾章と佑一も後を追う。 一見ごく普通の空き教室だった。壁に低めの本棚が雑に置かれているのと、窓に厚手のカーテンが掛かっている以外は何もない。 ここで一体何をするのかと柾章が思った時、ひかるはその後ろの佑一に声をかけた。

「あ。そこ閉めて」

 佑一は静かにドアを閉めた。その様子を確認して、ひかるは制服のネクタイを引っ張り上げ、

「こちらNo.8。EXも同行中です。現在地は本部上方、吉田柾章と桜庭佑一を連れて来ました。まもなく到着します」

 決して声高ではないがしかしはっきりと言って、例の鞭を取り出し、軽く、床を叩いた。そして――半分予想外の、 半分予想通りの事が起こった。
 叩かれた場所の周辺が光りだし、丸く拡がり始めたのだ。やがてそれは綺麗な円を成したが、その内側は暗くなりつつある。 中を恐る恐る柾章が覗くと、

「階段?!」

 まるで斜め穴のマンホールに段が付いたようだった。 下まではっきりとは見えないが、一メートル足らずの床から奥に、階段らしきものが続いている。

「この先って――」

 佑一がほとんど無意識で呟いた。
 それを横目で心底楽しむように見たひかるは、

「だから、『地下組織』だって言ったじゃん」

 口元だけでにぃっと笑って、言った。






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