「……何スかそれ?」

 柾章はあまりの唐突さにあと少しで頓狂な声を上げるところだったのを何とか持ち直した。
 真横を台風が通り過ぎたような顔をしている高一二人を他所に、セミロングはいかにも是楽しやといった顔で、

「ふふ─ン……甘いネ。高校を嘗めちゃいけないヨ?」
「……どういうことっスか?」

 柾章の問いを受けて、今度は二つ結びが繋いだ。

「……高校にあるのは、部活だけじゃないんだよ」

 彼女の視線は、不思議な位に真っ直ぐ、二人を捉えていた。






mile:2  「点滅信号灯」 The blinker 






 丁度同じ頃、当番の掃除を終えた藍は、自らのロッカーと対峙していた。
 否、正確に言うならば、ロッカーに挿まれていた紙を眺めていた。
 名刺大のそれに書いてあるのは、「今日職員室にいるよ」という友からの文言のみだった。 教師に質問でもしているのだろうと思い、彼女は鞄を取り、教室を後にした。

 革特有の靴音が静かに廊下へと拡散する。
 渡り廊下を行き、生徒会室の横を曲がり──あと一つ曲がれば職員室だと無意識に感じていた、その時。

「!」

 藍は、口腔をヒトの体温が覆っているのと、同じ人物によって右手が後ろに回されているのとを認識した。 細い割には力のありそうな手首を掴んで引き離そうとするが、今度は相手に躱され、逆に左手が後ろに回される。

「誰……?」

 背後に(かぶり)を振ると、そこには百七十センチを超える身長を有す彼女と、同じ位の背格好の女子生徒がいる。 いや、僅かに洲之内より高いかもしれない。
 放課後の廊下の暗がりで良くは見えないが、濃緑の校章から判断すると高二だ。 背後から何か仕掛けてきたとはいえ、藍から見れば先輩にあたる。取り敢えず無礼にならないように、文末だけでも敬体に持っていく。

「……ですか」
「……Oh, sorry. 驚かしちゃったよね……?」

 藍に応答したアルトは、先程の暴挙に近い行動とは裏腹に丁寧で、空気に滲みてゆくその響きは何処か貴族を彷彿とさせた。
 しかし依然として藍の両手を後ろに組み止めたままで、彼女は言った。

「いや、本当はこんな手を使うつもりは無かったんだけど、こうでもしないと誘えないだろうって言われてね」
「はぁ」
「全く、参ってしまうね」

 状況を飲み込める訳もない藍を一人置き、肩を竦めてみせ、軽く同情を求める。

「で、何がしたいんですか……?」
「ああそうそう。本題忘れてたね。で、勧誘をしようと思ってたんだ」
「何の、ですか?」
「……知りたい?」

 一息置いて、彼女は言った。何処か含みを持たせているのは、気の所為だろうか。
 藍は視線を床に落とし、半ば呟くように言った。

「……どっちでもいいです……それに」
「ん?」
「友達が待ってます」
「あっ、そういえばそうだったっけ 悪いね」

(──え?)

 疑問は声には出なかった。
 代わりに、背後の人物は思い出したように告げた。

「そうだ、それで、今から案内しようと思ってたんだよね、その友達の所」
「?」
「今日も待ち合わせしてたんだよね?」

 ……何故この人物はそんな事を?
 僅かな疑念が、はっきりと(かたち)を成した、瞬間。
 ぐいと引き寄せられたかと思うと、高二の空いている右手が、鳩尾に吸い込まれるように──

「      」

 表情を滅多に表さない藍が疑問を(たた)えた眼差しで最後に見たのは、 申し訳なさそうに彼女を見る藍青色の双眸と、一瞬の動きで靡いている、濃い茶髪だった。
 組ませた手を解き放たれ、物理法則に(したが)って倒れだした後輩を、先刻とは打って変わった柔らかい手付きで支える。

「 I'm very sorry, Ai... 」






 と、廊下の後ろ、角の奥から足音が此方へ向かってくる。恐らく、教師の一人だ。

 対応は素早く、かつ無駄が無い。重心の定まらない藍を肩を組むように抱えると、 近くの小会議室の扉の奥へと滑るように走り込み、扉を閉めて其処に貼りつく。

 溜め息が溶けていった薄暗さは、丁度何とは無しに見遣った空の色と似ている気がした。

 足音が遠ざかり、周囲に人の気配が無いことを確認したところで、藍を会議用椅子へ(もた)れかけさせると、 相変わらず瞼は閉じられたままで、両腕も力なく垂れる。

(悪いね……けど、すぐにわかるから、ね)

 声は出さず、そっと後輩の額を撫でる。思わず吐息が零れるが、今はそんな事を言ってはいられない。

(……さて)

 制服の指定ネクタイを几帳面に着こなした上着から引っ張り出し、徐に唇の傍へ引き寄せると、 先程より更に落としたトーンで、まるで機械人形のように、彼女は“報告”した。

任務完了(アイヴ・ダニット)






+ + + + + +






「ああ、つまりそれって、有志団体っスか?」

 隣で佑一も、そうか、と頷く。
 謎の二人組の返した答えは肯定だった。

「有志団体──ね。まあ、正解ではあるけど、核心は突いていないね」
「えっ……今の時点で核心突いてる方がおかしいヨ?」
「あ─……まぁそうだな、うん。ただ、あたし達はそこらの有志団体とは一味違って本格的だよ、ね」
「うん」
「……じゃあ、どの辺がですか?」

 今度は佑一が口を挿む。興味を持ったのが嬉しいのか、二つ結びはニッと笑んで言った。

「簡単に言うと、あたし達のは『有志団体』じゃない。『地下組織』の方が近いね」
「「えっ……?」」

 何かが、蠢いている――それだけは感じた。



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