微笑






「あぁ、そこにいたの」

 軽やかな足音を伴った少年の声が、優しく男の鼓膜を撫でた。
 ふわりと響くそれは、およそこの場――小動物はおろか、人間の屍骸すら散乱するこの裏路地には似つかわしくないが、 男の顔を蒼惶とさせるには充分過ぎるほどであった。

「こんな場所で鬼ごっこしててもつまんないよ?」

 円らな瞳で見据え一歩寄ってきた影に、男は数歩後ずさる。その足下で何かの骨の砕ける音がしようとも、彼の耳朶には掠りもしなかった――が。

「でも、それもここで終わりだね」

 氷を想わせる冷たさを湛えた瞳で捉えられ、 咄嗟に(まさぐ)った手の得た感触に、 男の顔は完全に戦慄に染まった。
 ひんやりとした壁――袋小路だ。もう逃げ場はない事実を、辛うじて繋ぎとめておいた理性で悟った男の視線は、 ほぼ必然的に少年の右手に収められている細身の金属塊へと注がれる。

「残念だね。僕を敵に回さなければよかったのに」

 少年はそれ(・・)を沈黙から呼び覚ますかのように精確に男の額へと向ける。 ひたりと突きつけられた銃口の中は、少年の双眸ともよく似て、常闇の地獄を想わせるほど(くら)い。
 恐ろしく優雅な挙措に天使の如き微笑すら添えて、少年は静かに銃爪(トリガー)に添えた指に力を込め――

「さようなら」

乾いた音は、夜闇へと溶け、やがて消えた。






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<後書き>
課題で作成した「微笑について」みたいな超短文を修正して此方に。……こういうのを使い回しって言うんですかね?
因みに、この少年は黄昏の方とも里程標の方とも関係ないです。寧ろキャラが被らないように必死でした。
二行目までは結構ほのぼの系かな? な文ですがその後一気にダークに墜ちて……いけてたら良いなぁ(願望)。如何なんでしょう。 そもそも状況が分かり難いですよね。自分で言ってるんだから多分相当です(汗)。精進します。